《世界初の水晶腕時計を商品化し、またエプソンを起こした男》
元セイコーエプソン株式会社専務取締役 相澤 進

小藤治彦さんは創造と挑戦の人である。
生来のものであろうか、未知のものに挑戦する勇気があり、直感力に恵まれ鍛えられた独創力を備えている。
それに加えて、彼が誇る体力と持久力は今でも衰えていないだろう。これはスポーツマンとして鍛錬されたものである。

小藤さんが諏訪精工舎(現セイコーエプソン)に入社してから数年後、当時関連会社でプリンタ事業の責任者だった筆者は、本社で生産機械を開発していた彼を可成り強引にプリンタ開発者として引き抜いた。
プリンタを活字方式から点で文字、画像を印刷するドット方式に変革し、しかも無名のエプソンブランドでPC用のプリンタ市場に進出しようとしていた会社の変革期だったのである。
技術革新によって企業と商品を変えようとするのであるから心から信頼できる開発技術者が欲しかったのである。
彼は期待に応えて高速で耐久性に優れた小型のドットヘッドを搭載したプリンタを商品化した。
これはPOS市場を開拓していたIBM、NCRなどの大手メーカに直ちに採用された。出張先の米国の田舎のホテルで、彼とよろこび合ったことを鮮明に覚えている。
BtoB市場で実績を積んだこのプリンタは、やがてPC用のプリンタとしてもうひとつの大役を果たすことになる。エプソンブランドの第一号機である。これも成功した。そして無名のエプソンは世界市場の60%を数年に亘って占拠して、一躍有名ブランドに変身したのである。
そして彼がプリンタの開発を担当してから10年後に彼の才能は夢の商品であったインクジェットプリンタを実現し、再び大きく開花した。業務用のインクジェットプリンタの開発の責任者としての重責を果たしたのである。

インクジェットプリンタの動作原理は極めて単純である。しかし技術の奥は深い。実験室で作動してもその実用化の前には数多くの壁を突破しなければならない。一方、基本をおさえると、その機能・性能はいくらでも拡がる。トランジスタと似たところがあり、そのLSI化は、現在のカラーインクジェット化に当てはまるように思う。
トランジスタもインクジェットも幾多の優れた技術者が長い年月をかけて研究して来た苦悩と努力と創造の連続によって今日がある。
小藤さんはその開発創業者でもある。
夢を実現する人はロマンを持っている。
これが多くの苦難をのり越える拠り所になっているのである。


(左)小藤、(右)相澤氏

*「新版 匠の時代〈第1巻〉」内橋克人 (講談社文庫)にその挑戦が描かれている。
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